2008年7月 伊佐山 元氏

2008年7月度 月例講演会報告

「シリコンバレーVCの起業支援の経験から、シリコンバレーだけが起業の場所ではない」

伊佐山 元氏 DCM本社パートナー・日本共同代表

日時 2008年7月10日(木)

はじめにDCMの紹介です。DCMは、アーリーステージのITベンチャーに投資するハンズオン型のVCです。資金は16億ドルを越えており、シリコンバレー以外に東京、北京に支店をつくりグローバル展開を図っています。今年度DCMはNVCA会長職を担っており、VCの環境改善のためにホワイトハウスでのロビー活動も積極的に行っています。DCMは現在VCランキング10位ですが、その中で最も創業が新しく、近年特に急成長しているのがわかります。現在、様々なバックグラウンドを持った9名のパートナーで資金の運用をしていますが、チームのカラーを共通項としてあげるなら、アスリートもしくは何らかのオタクであること、Stanford大学に何かしらつながりがあること、そして子沢山であることが上げられます。

次に米国VC業界の動向と投資のトレンドについて説明します。米国のVCの投資額は近年堅調です。国別で見ると、中国、インドでの成長率が著しく、以前の米国でのバブル期を思わせるほどです。投資回収のほうでは、2008年Q2はVCが投資した技術系ベンチャーのIPOなしという悲観的なニュースが流れましたが、IPO以外の出口つまりM&Aのポテンシャルは引き続き堅調に推移すると思われます。今年度DCMでは、モバイル革命、次世代オンラインプラットフォーム、クリーンテック、人口動態の変化(高齢化、新興国の富裕層の増加)の4つのテーマを掲げ、昨年に続き積極的に投資活動を行っています。

ところで、成功するためのベンチャーの共通項を教科書的、MBA的に示すと、

    1. 急成長しているマーケットを狙っている。

    2. 何らかのユニークさ(IP・参入障壁)を持つ。

    3. 良いチームである。

の3つが上げられます。これらは、確かに正論なのですが、私のこれまでの経験をふまえて帰納的に考えると、以下の5つの点が大切だと考えています。

    1. 創業時のメンバー・CEOが健在。

    2. 創業時からグローバルな体制。

    3. 何らかの形でNo.1である。

    4. 顧客中心の商品・サービス作り。

    5. 得意な分野や製品をフォーカス。

我々の成功例SlingMediaの紹介しながら、以上のポイントの説明をしましょう。SlingMediaは、自宅のTVをインターネット経由でどこにいてもパソコン、携帯で見ることを可能にする製品を提供する会社です。同様なビジネスとして、すでに日本ではSONYのロケーションフリーがありましたが、高価な専用の端末などが必要で使い勝手が悪いものでした。2004年に創業し2007年にEchoStarに買収されましたが、創業時のメンバーは今なお健在です。また、ソフトはインド、ハードはインドネシアと、創業時からグローバル展開を図ることで最大限のコストメリットを引き出しました。TiVoは「Time Shift」の概念を作り出し有名となりましたが、SlingMediaは「Place Shift」をいう概念を徹底的に広げることを目指しました。そのために、カスタマーの声を良く聞き、誰でも簡単に設置できて、すぐ使えるようなユーザビリティの検討や、デザインそして色使いなど技術的なこと以外にも注力することで、直感的にカスタマーに受け入れられるものを作る事を心がけました。そして、製品としていらない機能は省き、TVだけの機能にシンプルにフォーカスすることで、大きな成功を収めることができました。こうして、SlingMediaの企業価値は上がり、最終的には高額で買収され、DCMも短期間の投資で莫大なリターンを得ることができました。

成功例ばかりでは面白くないので、失敗例としてあるモバイルベンチャーの紹介をしましょう。元モトローラの技術者による、声によるインスタントメッセージ技術を開発する会社です。社長の人柄はいいのですが、まったくビジネスセンスがない人でしたので、投資に際して社長を交代することを条件としました。そこで、外部から社長を連れて来たのですが、これがまったく働かず、必要な情報は元社長のところに集まってしまうような不健全な状態となってしまいました。技術者もモトローラ出身者ばかり、HQはシカゴのモトローラの隣と、人も場所も極めて局地的でした。また、似たような技術を持った会社との競争の中でTop3には入っても、No.1技術とはなりえなかったのも問題でした。一方で、遅延がない、音質がいいなどの技術的な優位な点はありましたが、残念ながら技術者の自己満足的な開発であり、消費者には理解されませんでした。ビジネスが苦しくなってくると音声ブログやエーコマースなどにも手を出すようになり、ビジネスに集中できず、最終的には、リサーチインモーション(Rim)に買い取ってもらうことになり、投資的には完全な失敗事例です。

さらに、成功するベンチャーの条件を個人的に掘り下げてみると、

    1. 会社全体のエネルギーレベルが高い。

  1. に一番長くいるアシスタントや受付の人たちの雰囲気と、そういう人からの情報です。

    1. 起業のきっかけが身近な問題の解決。

  2. 起業のきっかけが、単なるお金儲けやトレンドを追った安易な動機ではないことです。SlingMediaであればサンフランシスコジャイアンツの試合を他州でも見たいという素朴な欲求でした。また、これ以上の月々の支払いは入らないという不満は、Subscriptionではなく売り切り型のビジネスモデルを選択し、これが大正解でした。

    1. 強力な信頼関係。(戦友、同士・・・・)

  3. ベンチャーには苦しい時期が多々あります。正念場でも逃げ出さず、あきらめない信念を持つことです。VCとも問題解決のために相談にのり、起業家とVCとの人間的な信頼関係を構築できることが大切です。

    1. 創業メンバー・CEOが成功後も態度は普遍。(人格がしっかりしている)

  4. 成功後も成金にならず人格として大人であること。金儲けだけではなく、人間的にも好きになれる人格であることです。

    1. Fun loving。(個人として楽しい)

  5. 最後に付き合っても楽しい人、人間力がある人。

これらのことが、成功ベンチャーの共通項として上げられるでしょう。

次に、これからのベンチャーを取り巻く環境についてお話しましょう。私がDCMに入った2003年ごろまでをベンチャー1.0の世界とすると、以下のような状況だったと考えています。

    1. 起業はSVに限る。(北はSF-南はSJ)

    2. SVの技術者は世界一。

    3. Think globally, Act locally

    4. VCはローカル(ハンズオンのため。)

    5. ExitはNASDAQ上場

これまでは、起業に係わる技術も人もお金もすべてがSVに集中しており、ベンチャーキャピタリストも、もともとSV育ちであり、極めて狭い業界で、そこに日本人がいないのは当たり前の事でした。そういった状況に劇的な変化をもたらしたのは、インターネットです。世界中をつなぐネットワークによってSVの外に起業するタレントが増え、そこに触媒となるITと資金があればどこにいてもスタートアップは可能になってきました。これまでのSVの起業の生態系が、世界に受け入れ始められているのです。実際にDCMの投資先の本社と支社の場所を世界地図で見ると、全世界に広がっているのがわかります。これをこれまでのベンチャー2.0の世界とすると、以下のようになります。

    1. 起業はどこでも可能。

    2. 世界一の技術者は世界中に散らばっている。(ネット上にすら?)。

    3. Act Globally, Think Locally.

    4. VCはグローバル。

    5. Exitはどの市場でも良い。

わずか5年の間にでもベンチャーを取り巻く環境は劇的に変わってきています。われわれVCも「グローバルでありながらハンズオンである。」、という難しい命題こたえようと努力しています。起業家の方々にも、ここでお話したことはスタートアップとして成功していくための大切な事なので、その意識を持っていただけると有難いです。そして、ぜひその意識を持って、VCを利用してもらいたいと考えています。

「サンドヒルロードで、はじめて成功した日本人になりたくないか?」その口説き文句に対してわずか5年で見事に期待に応えた伊佐山氏。白人中心のVCの中にあって、日本人としてのアイデンティティを主張しつつ、その細やかな観察力、洞察力により着実に実績を積み上げてきました。起業家とVCとの間の人間的要素の大切さを説き、自らそこに足を踏み込み、苦楽を共にすることで仕事のやりがいを見出すその姿に、VCとしての誇りを感じさせます。そして今、自ら語るVCの新しいグローバリゼーション(ベンチャー2.0)の流れの中で、ベンチャー不毛の地ともいわれる日本にその目を向けています。「ぜひ次の5年で、日本での成功例を作りたい。」と意気込み、その成功事例がたくさんの問題を抱える日本ベンチャーの環境、仕組みを変えることにつながると考えています。日本にもたくさんの優秀な技術者、起業家がいることは間違いありません。彼らの可能性を、伊佐山氏のような本来の意味でのハンズオン型VCが引き出し、グローバルに橋渡しをすることで、ベンチャーとして羽ばたくことが望まれています。今後の彼のAct globallyが注目されます。

プレゼンテーションの内容は下の添付をご覧ください。

SVMF080710_DCM.pdf