2009年3月 海部 美知氏

2009年3月度 月例講演会報告

「今、シリコンバレーでは・・・-不況の中でプチ変人たちの役割」

海部美知氏

ENOTECH Consulting CEO

日時 2009年3月2日(月)

海部美知氏の以下の添付をご覧ください。(ここをクリック)

このプレゼンの内容に沿って説明します。

【自己紹介】

私の本業は携帯電話、通信関係、Webコンテンツなどを専門とする経営コンサルタントです。シリコンバレーにお住まいの方には、ベイエリアの地域誌である「ベイスポ」に私のブログ「Tech Mom from Silicon Valley」が掲載されていますので、そこで私のことをご存じの方も多いかもしれません。日々、日本とアメリカついて考えていることをブログにしてきました。それをまとめたのが昨年に刊行した「パラダイス鎖国」という本です。最近は、本業とブロガーとの間でIdentity Crisisに陥っています。

【1.シリコンバレーの不況の影】

まずは昨今の不況は実際にどうなのか、統計データを使ってマクロ的に見てみましょう。

【シリコンバレーの失業率動向(1)】

これはシリコンバレー地域の失業率の変化です。昨年9月のリーマンショック以来、明らかに上昇しています。サンタクララ地域は特に多いですね。

【シリコンバレーの失業率動向(2)】

これは2週間前に発表されたIndex of Silicon Valley 2009からのデータです。サンノゼ地域の雇用数の減少率は全米と比較してみるとまだましなことがわかります。

【シリコンバレーの就業人口】

ところでシリコンバレーの就業人口は大体100万人程度です。2000年のバブルの絶頂期から大きく下がって、その後やや増えていますが、2008年以降は少しずつ下がっていきそうです。

【シリコンバレー企業のIPO業況】

ベンチャー企業にとっての成功事例というのは株式上場(IPO)ですが、2008年はシリコンバレーでたった一件でした。バブル崩壊後も2007年までだいたい20件はあったわけですから、大きな変化です。しかも、上場したのはAreSightというセキュリティ分野の地味な会社でした。

【ベンチャー投資額の推移(1) 】

これはベンチャー投資額の推移です。2000年はクレイジーな状況であったのがよくわかります。ここでも2008年から減少傾向です。シリコンバレーはアメリカ全体よりはややましですが、投資の減速は明らかです。

【ベンチャー投資額の推移(2)】

次にベンチャー投資の中身です。ソフトウェアは比較的安定、バイオテック、メディカルデバイスイクイップメントが最近伸びていて、あと目立つのはエネルギー関係、クリーンテクノロジー絡みです。私の専門の通信関係だけは減少しています。

【VC投資の分野別トップ6位】

2005年と2006年の投資額の分野別の比較です。クリーンテック分野の急激な伸びが見られます。この頃に投資動向の潮目があったのではないかと思います。

【環境技術への投資額】

確かにクリーンテックへの実際の投資額は2006年から急激に増えています。特にカルフォルニア州の約半分、全米でも約1/3がシリコンバレーに投資されていることがわかります。

【環境技術への期待】

けれども、グリーンビジネスに携わる雇用数は、実際には1万人程度で、100万人弱のシリコンバレー全体から見ればたいした数ではありません。この点は注意しておきましょう。

【環境技術の推移】

環境技術への投資にも流行りすたりがあります。2007年はトランスポーテーション(電気自動車など)、2008年はエネルギー、太陽光発電などが投資の中心であったことがわかります。

【シリコンバレーの日本企業】

番外編ですが、シリコンバレーに進出した海外企業をみると意外にも日本が一番多いです。その中で製造業の数が圧倒的に多いことがわかります。

【2. 最近興味を持っている企業】

こうしたデータから、シリコンバレーにも不況の影が忍び寄っていることがおわかり頂けたと思います。ここではこうした状況の中、シリコンバレーで私が興味を持っている企業をいくつか紹介しましょう。

【Tesla Motors】

まずは電気自動車を製造販売しているTesla Motorsです。この写真はテスラロードスターです。Teslaまだ生産台数は60-80台ですがすでに1年分の予約があるそうです。一台10万9千ドルと非常に高価な車です。どういう人が乗っているかというと、グーグルの創業者や起業家としても有名なジェイソン・カラカナスなど、いわゆるお金持ちですが、電気自動車をサポートするという意味合いもあると思います。 この会社の面白いところは、自動車会社だけどLook & Feelがシリコンバレーっぽい所です。ニュースレターに登録するとCEOのElon Muskから会社は大丈夫とメイルが来たり、電気自動車に夜プラグインすると、自動的にバージョンアップするとか、エンジン音のカスタマイズができるとか(噂)、まるでパソコンか何かのように扱われています。Elon Muskは元PayPalの創業者で、このような人物が会社を運営しているのもシリコンバレーならではです。

【Palm】

次はPalm です。このPalmは、波乱万丈の歴史を持っています。「終わった会社」と見られていたわけですが、もうすぐPalm Preという新製品が発表されるそうです。いくら負けてもファンが離れないという意味でPalmを「シリコンバレーの阪神タイガース」と名付けたいと思っています。ファンが離れないその理由は、Palmは新しい市場を常に作り続けてきた企業であるということ。もう一つは、Palmというプラットフォーム上でいろいろなアプリケーションを作ることができたことです。Palm上で、ベンチャーや個人のディベロッパーが簡単にソフトを開発することができたのです。ちょうど現在のアップルのiPhoneのような感じす。つまりベンチャーが活躍する場を提供する存在だったわけで、シリコンバレーのテックコミュニティでは根強いファンが多いのです。このPreを開発しているのはJohn Rubinsteinで、実はアップルでiPod、iMacを開発した人です。そのようなアップルの技術者が別会社に転進して、対抗するものを作るところもシリコンバレー的と言えるでしょう。

【Miselu】

シリコンバレーで日本人として起業されている例としてMiseluの吉川さんを紹介します。音声記録共有サービスを提供しています。ブログや文字の情報共有はいろいろとあって、マイクロブログのTwitterなど有名ですがその音声版と言えます。5秒までの音声情報を共有することが可能なサービスです。

【シリコンバレーの地下では・・・】

不況、不況と言われていますが、2000年のドットコムバブルの時はシリコンバレーが震源地で、もっとひどかったと思います。オフィスもハイウェイもレストランもガラガラ。それに比べると今はそう悪くないかもしれません。今回の不況の引き金はWall Streetですので、そこからお金をあまりもらっていない、ということもあるかもしれません。IPO市場は実質閉じていても、M&AしてもらえるGoogleやSunがしっかりしていれば、ベンチャーにとってはいい訳です。実は最近シリーズAの調達は多く、Twitterも増資されています。他にも、通信業界のスタートアップのアワードをもらった会社に不況の影響は?と聞いても、実装されるのはまだ先だし、今はちょう技術をじっくり育てる時期なんだと言っています。

【Yahoo vs. Google】

こうした仕込みの時期というのは、YahooやGoogleの株価の推移を見てもわかります。前回バブル崩壊後、Google も2001年から2003年の間に検索エンジンの技術をじっくり試す時期がありました。実際2001年当時、Googleのラリーページは「調子いいよ。」と言っていたそうです。

【3. プチ変人の役割】

【「今」の時代とは・・・】

これまでは次は半導体、次はネットと次を担う産業がわかっている時代でした。今は、次の「大産業」、Next big thingが全く分からない状況です。バイオ、環境技術などと言われますが、実際にはそうでもないかもしれません。そんな先のわからない時代に何をすればいいのか?と考えてみると、やはり「イノベーション」しかないようです。私のジムのトレーナーさえ、こんなことを言うのです。ちなみにトレーナーさんという人ではありません(笑)。彼女にとっての「イノベーション」は、ジムトレーナーとして、お客のためになるサービスの提供とかそのための勉強といった個人的な小さなことですが、アメリカではこのような人でも簡単に、「イノベーション」という言葉を使うことに驚きがあります。

【「フルセット」の地域圏】

シリコンバレーには、テクノロジー産業、VC、大学、大企業、消費地がフルセットで存在します。それからもう一つ大切なのは、トラ吉の存在ですね。成功するかどうかわからない、でも好きならテスラでも買う、そんな人たち、地元のコミュニティを大切に思う人たちです。ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスにもそう言った、色合いが変わった独立性の高い地域圏があり、不況時にはどこかが悪くてもどこかが大丈夫、という状況でいられるというのが、アメリカの強みではないかと思っています。一方、日本は東京に集中していて東京が悪いとすべてが悪いという状況が起こるわけです。

【シリコンバレーの役割】

こうした地域圏の特色の中で、シリコンバレーの役割というものを考えてみましょう。シリコンバレーの人たちが自らこの役割を担って、自らいいなと思ってやっていること、それは、「技術イノベーション」だと思います。このイノベーションを起こすために、伝統的な守りの産業構造ではなく、シリコンバレーは独特の「試行錯誤」の産業構造を持っていると思います。そのために人材の流動性が非常に高く、日本の年功序列とは違うインセンティブ構造があります。腕に自信があればなんとかなる、自分で考えて、やって、そして成功する確率も結構あるよね、失敗しても大丈夫だよねと思える、ルーズな構造があります。それがシリコンバレーの特徴ではないでしょうか??

【プチ変人の役割】

そんなシリコンバレーの役割を担い、活躍している人を私は「プチ変人」と呼んでいます。シリコンバレーにはこのような「プチ変人」がたくさんいるのです。極めてイノベイティブのことをする人たちは、例えばスティーブ・ジョブスのように明らかに変人が多いわけですが、そうしたイノベーションを周りで支えている人たち、たとえば先ほど出てきたPalmのJohn Rubinsteinのような人たちです。「プチ変人」は、「流行りすたり」や、「こうあるべき」ではなく、自分はこうありたい、こうしたいと思って行動している人たちで、どうもこういう人たちには、人とは違うことが見えるらしいのです。物事のプラスとマイナスに気づいて、プラスを生かすためにどうしたらいいか必死で考えています。このような人たちこそ、先の見えない不況時に、どうすればいいのかがわかっているのかもしれません。そして、こうした「プチ変人」たちの「マイクロリーダーシップ」が、この先の時代を切り開いていくのだと思います。 皆さんも、自分の環境をちょっとだけ良くするにどうしたらいいか?マクロ的に考えても大変なことばかりですので、ミクロに考えて、自分の赴くままに物事を少しずつ動かして、その積み上げをすること、こうした「マイクロリーダーシップ」を目指していていきませんか?

Seminar090302.pdf