2013年2月 松井 博氏
「アップル イノベーションの裏側」
2013年2月8日 月例講演会報告
講師:松井博氏( 元アップル 品質管理マネジャー )
松井博さんの略歴
1989 オハイオ ウェズリアン大学卒業
1989 ~ 1992 沖電気工業勤務
1993 ~ 2002 アップルジャパン勤務
2002 ~ Apple 本社移籍
2002 ~ 2004 iPod QA Manager
2004 ~ 2009 System Test Engineering Sr. Manager
2009 ~ 米国にて保育園を経営
2011 ~ 執筆活動
講演内容
・ イノベーション=アイディア?
o 実際は、iPodにせよiPhoneにせよ、Appleが生み出した新しいアイディアというわけではなく、Apple I/II、タブレット、mP3プレーヤー、スマートフォンなどの代表的な製品はいずれも、実はAppleやJobsが最初に生み出した製品ではなかった
o アイディアの発掘の巧さ、磨き具合がカギ
§ 他社が売り込みにきた製品のコンセプトをrefineして市場に送り出すというパターン
§ それに加えて、それを形にする(=”Execution”)ための努力が大事
・ AppleのExecutionの4つの特徴:「安易に妥協しない」「粘り強い実行」「徹底した責任主義」「失敗を次に生かす」
o 優れた製品コンセプト
§ iPhoneの例:「音楽を外へ持ち出して楽しむ」というシンプルなコンセプトを徹底して一貫した、製品のデザイニング
§ 製品化プロセスにおいても、技術的なハードルに対して、一度決まったデザインを崩さない努力
o 粘り強い実行
§ 製造
· スピードの速さ:2011年10−12月の3ヶ月で3764台を販売(1分間に290台生産している計算)、複数ベンダーを対象とした厳しいコントロール
· 製造プロセスにおける高い歩留まりの維持
§ 販売、マーケティング、サポート
· Steve Jobsの完全主義:マーケティングプレゼンテーションに至るまで完璧を追求
· 会社としての統一したブランドイメージコントロールの徹底
· 量販店など販売網の整備やトレーニング、在庫管理、サポート体制においても、Appleの企業方針や秘密主義を徹底
· ロジスティクスでは、車載システムを利用した、安全でリアルタイムな配送システムを徹底して構築することで完璧に運用
o 組織と個人の責任の所在を明確にすることで、個人の生産性を高める
§ リーダーが、責任所在と目標、やることとやらないことを明確化し、そのビジョンを組織の末端まで徹底
§ フラットで分かりやすい組織構成、個人の役割を明確にすることによるプレッシャー
・ デザイン力を重視
o "優れたデザイン":
§ 誰にでも分かりやすく、無理なく役に立つことで、最終的には効率を上げ、利益を生み出すもの、複数の問題を解決できるもの、という考え方&アプローチ
§ 問題解決のソリューションとしてのデザインの力:オフィスレイアウトでの最適化、社内プロセス&ツール、顧客体験(ウェブサイトデザイン、店舗、製品パッケージ、店舗内での店員の勤務姿勢や振る舞い方など)にいたるまで、顧客体験を改善し、かつ効率的なデザインを徹底して研究
・ 定量的なreality check
o 各企業戦略が期待通りに機能しているかどうかを、データをもとに確認
o インターネット上の顧客の声を、幹部から一般社員に至るまで、日々詳細にチェック、ただし、取り扱いが難しいデータでもある(e.g. 特定の顧客の声が大きい、Appleファンと一般客の声には温度差がある、アンケートなどは設問誘導が生じないよう注意が必要、など)
o その他、販売データなど他のタイプのデータも同様に確認する必要がある
議論、Q&Aセッション
Q1: Appleのような企業例を参考に、日本政府の役所組織や大企業組織の文化的な問題を変えていくにはどうしたらよいか。
A1: 手の届くところから変えていくしかない。もう一つは、嫌われ者になることを厭わない、という点。
Q2: Apple製品のデザインや企業組織運営の根底には、シンプルというキーワードがあるが、そこでは複数のオプションから1つを選択する過程がついて回ると思う。最終的に1つの決定を選択する際の選択基準はなにか。
A2: 一言でいえば勘。新製品は、出してみなければ分からない部分が多い。また、最初に決めたコンセプトを一貫すること。コンセプトは、ひとことで表現できる分かりやすさが重要。
Q3: iPhone5リリース時に話題になった地図ソフトは、なぜあのような事態になってしまったのか。
A3: 1つは、開発チームの位置づけを間違えた部分があったと思う(マネジメントの判断間違い)。更に、製品リリースに合わせた、スケジュールドリブンな進め方もよくなかった。
Q4: フラットな組織によるマイクロマネジメントの弊害(社員とマネジメントのコンフリクト)は生じないのか。
A4: Appleでは、マネジメントのほうがスタッフよりもよく分かっていることが度々ある。そのため、スタッフ間の緊張感が非常に高い。トップダウン組織がいやでやめる社員もいるが、反面結果としてスタッフの効率を高める側面がある。
Q5: アイディアの発掘力は、Jobs個人の能力なのか、それとも組織全体の能力が高いのか。
A5: Steve Jobs個人の能力も高かったが、企業組織全体として、発掘力は非常に高い。個々の社員が、新しい製品コンセプトの発掘に積極的で、個人の時間を使って試作品を作ってくるなどもよくある。それが認められると周囲に“クール”と思われることが快感、といった文化もあり、賞与などの即物的なインセンティブ以外にもスタッフを駆り立てる組織基盤が存在する。
Q6: 運営していらっしゃる保育園のコンセプトはなにか。
A6: ひとことでいえば「遊んで育つ」。
Q7: Jobsのあとも、コンセプト重視の開発方針は継続するのか。
A7: Steve Jobs的な役割は、いまはJonny Ivesが果たしていると思う。また、社内には面白いものを生み出せる優秀な社員も多く存在する。緻密なベンダーコントロールについては、これまでTim Cookが社内をリードしてきた。ただ、社内の緊張感は薄れる可能性があるかもしれない。
Q8: 日本のモノ作り技術が今後、Apple製品で活躍できる可能性はあるか。
A8: Appleは、製造部品の先端技術について非常に緻密に調査している。日本にも調査グループがあるし、今後も可能性は十分にあると思う。